本の話・16回目

今更ながら7月分の更新を。

夢見る帝国図書館

夢見る帝国図書館

 

 

図書館の歴史は人類の知識の歴史と歩みを同じくする。

記録を残そうとしている施設は過去へと思考を促す一方で、自分たちの未来についても考えさせてくれる。

 

自分自身は図書館というものとはほぼ無縁な環境に育っていて、本のたくさんある空間というものはテレビのなかでしか見ていない。

大人になった今になってみれば図書館ってとても大事な施設だなとは思うけれど、そういうものが周りになかった子供時代を過ごしてきた自分と、ある程度自由に本にたどり着いていた人たちとの差は感じることがある。

一般的にみんなが読んでいたものとか、読んでいるはずだろうと思えるものに出会えなかった子供というのは珍しくなくて、子供の頃の読書体験というものは周りの環境に大きく依存するものだということを大きくなってから理解した。

 

この本は帝国図書館の歴史を辿りながら小説部分と事実関係の配置が交互に記述されている。

事実関係のところも中島さんなりの描かれ方なので、教科書的に淡々と書かれているわけではなくて、それがまたこの小説の魅力的なところでもある。

 

「お金がない。お金がもらえない。書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史はね、金欠の歴史と言っても過言ではないわね」(p.39)

お金がかかるだけで直接的な利益を生まない。その効果は数年後や数十年後に現れることも珍しくない。文化とかそういう言葉で簡単に絡め取ってしまうのも少し怖い。とても大事な施設なのに、お金がまわってこない。

大事だ大事だと言うけれど簡単にお金は動かない。

 

「上野って、昔から、そういうとこ」

「そういうとこって?」

「いろんな人を受け入れる。懐が深いのよ」(p.50)

地方で生まれ育っているので、東京が街ごとにいろんな表情をしていることを知るのはとても遅かった。

大人になってから、東京のなかでも上野は早い段階で興味を持った土地ではある。

その頃は帝国図書館が上野という土地に建っていることの意味とかもわからなかったし、上野という土地に刻まれた歴史も全然わからなかった。

帝国図書館の跡地(改修後の図書館)を訪れてみても、理解することに時間はかかっている。

 

そして自分自身の記憶にはないのだけれど、最初に東京の土地を踏んだのは上野で、親に連れられて行った動物園での写真が残っている。

自分の記憶にはないゾウとかキリンと撮った写真がある。

記憶にはないけれど記録にはある個人史の断片。

私自身も上野の懐のなかにいつの間にか収まっている気分になる。

 

「この聖堂が近代日本の最初の図書館だったころに、通った人物としていちばんよく知られているのは夏目漱石幸田露伴だろうが」(p.59)

図書館は本のある空間でありながら、人がいる空間である。

つかった人の歴史、通った人物の歴史という視点に立つというのは、図書館という施設のおもしろさであると思う。

博物館とかもそうで、ものを保存する空間には人が集まる。

本を集めたらそこに人が集まる。

単純な仕組みのようだけど、本たちが私たちを呼び寄せているようにも思える。

人が本を集めるとそこに図書館という名前がついて、図書館という名前がつくとそこに人が集まる。

その頃は無名だった夏目漱石幸田露伴も集まる。

 

東側ブロックを着工した。

東側ブロックは着工した。

東側ブロックの建設は進む。

東側ブロックは出来上がった。

東側ブロックはもう建っている。

東側ブロックしか建っていない。

東側ブロック。

しか、ない。(p.107−108)

文学として描き出された表現というのはほんとうにすばらしいなと思える一連の流れ。

単に「お金がなくてそこしかできなかった」というように説明されてしまうところを、こんなにもおもしろく表現できるのかとおもしろかった。

 

図書館というものに憧れる気持ちがでてきた瞬間のことはもう忘れてしまっている。

身近になかった子供の頃に空想していた図書館と、大人になってから見聞きする図書館はどうも違ってしまっている。

今ではもう当たり前とも思えてしまう図書館という施設の歴史を遡れば遡るほどに、どういう偶然で本がつくられて読まれて忘れられて出会うのかをつなげている細い糸の存在を感じる。

その糸は途切れない。

日本の近代の図書館の源流として名前を残す帝国図書館に始まって、あちこちに増えてきた図書館とか図書館らしさのいくつかの支流を実際に眺め続けてみると、自分を形づくりながらもまとわりついている言葉というものもいろんな偶然の賜物だと思わされるし、図書館らしいものにどうやってつながっていけるかを妄想したくなってくるわけです。

足りない言葉を探しに。